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2018-02-13

桐田さえのユニバーサルデザイン概論

#1 「『障がい者』と『健常者』」のはざまから。ユニバーサルデザインとの出会い

はじめまして。「Co-Co Life☆女子部」ライターで、ユニバーサルデザインジャーナリストの桐田さえと申します。

1982年、四国の小さな町で生まれました。そのまま大学卒業まで地元で過ごし、就職のために上京しました。出版社に勤務後、今はフリーで編集やライティングの仕事をしています。
保育園に通う娘がいるワーキングマザーでもあります。

 

私は、小学生のときにおたふく風邪が原因で片耳の聴力を失いました。「ムンプス難聴」と言われます。ムンプスとは「流行性耳下腺炎」の意味です。

 

「おたふく風邪で難聴になる」ことは、20年以上前に知る人はほとんどおらず、私の両親も、もちろん知りませんでした。
最初「片耳がきこえない、めまいがする」と親や教師に言っても、「大丈夫でしょ」と言われたのがつらかったです。その後、難聴がわかったときの母が泣く姿を今でもはっきり覚えています。
その経験もあり、みんながあまり知らなくても、実は大切なことを多くの人に知ってもらいたい、小さな「つらい」の声も伝えられる仕事をしたいという思いから、東京の出版社を目指すことにしました。

 

■「障がい者」「健常者」の分類への疑問

片耳難聴は、障害者雇用等の対象となる障害者手帳の取得には該当せず、制度的には「障がい者」ではありません。

就職活動は、耳のことは言わずに行いました。「地方の大学出身で、何の実績もない私は、きっと耳のことで差別されるだろう」と思ったからです。

そして、ある会社で、次のように聞かれました。
「健康診断で嘘ついてないよね? 胃が半分しかないのに隠して入社した子がいたから辞めてもらったことがあるんだよね。そんな身体の子に無理させられないでしょ?」

その会社の選考は辞退しました。

そのとき思いました。
「『障がい者』と『健常者』って何だっけ?」と。

私と日常生活の中で会話して「片耳がきこえない」ことに気づく人は、ほとんどいないと思います。
音楽を聞くことやお酒を呑んで気の合う友だちとのおしゃべりも大好きですし、いろいろな人に取材してテープ起こしもして、原稿を書く今の仕事が大好きです。

ただ、並んで歩くときに聞こえる側に移動するのが時々面倒ですし、音の方向感覚はありません(この前、娘が迷子になって「ママー!」と泣いてもどこから叫んでいるかわからず、焦りました)。大人数の飲み会などでは聞き取るのにすごく疲れたり、的外れな答えをしたりして、だんだん集まりからは足が遠のいていきました。

同じ片耳難聴でも耳鳴りやめまいもある人は、日常生活に大きな支障があると思います。

 

片耳難聴を打ち明けると、相手の反応は様々です。
「もっと大変な人はたくさんいる」「片耳だけだから大丈夫でしょ」と言う人もいれば、「気付かないでごめんね」「わたしに何かできるかな?」と言う人もいます。

医師も様々です。
「片耳だけなので問題ないですよ」とだけ言う人もいましたし、「いろんなことをあきらめてきた、たくさんの片耳難聴の人を見てきた」「片耳での社会生活はストレスが多いから、上手に発散してね」と言う人もいました。

 

■「理不尽さの共感者」が実はたくさんいることの発見

約10年前に就職で上京してからは、旧・雑誌「Co-Co Life(2010年に休刊し、その後「女子部」としてリニューアル)」等を通じて、「障がい者」にたくさん会いに行きました。
一方、福祉系の出版社だったため、たくさんの福祉にかかわる人たちとの出会いがありました。社会復帰を目指すホームレスの人たち、児童養護施設出身で同世代の人たち、引きこもりの子どもをもつ高齢の親たち、施設で「大好きなお刺身を食べたいけどずっと食べていない」と小さな声で教えてくれた高齢者……。
そして家庭では、私の一番の応援者で大好きな母親がガンで10年間闘病し、3年前に他界しました。

彼らと「障がい者」が共通していると感じたのは「理不尽さ」でした。
「健常者」の中にも、自分でそうなることを選んだわけではないのに、「器の小さな社会」によっていろいろなことをあきらめさせられる人が多くいることがわかりました。

 

一方、「障がい者」が、障がいや病気を理由に、勇気を出して「つらい」「できない」と訴えたとき、「大変だね」と同情はされつつ、引かれてしまうことも多いように感じます。
その心の奥には、「自分(健常者)も大変なんだ」という思いがあるのだと思います。

私は「もっと大変な人がいるから」と、自分の「つらい」の言葉を飲み込む経験をしてきました。
「障がい者」と「健常者」のはざまにいるからこそ、この「健常者」の気持ちもわかるのです。

 

「『障がい者』と『健常者』って何だっけ?」
ますますわからなくなってきました。

 

 

■「障がい者」の平等な社会参加への希望となるUD

そんな、「障がい者」と「健常者」の分類への疑問が強くなっていた2010年頃、出会ったのが、「ユニバーサルデザイン(UD)」という概念です。

UDとは、障がい者や高齢者だけでなく、国籍や年齢、性別を問わず、すべての人にとって快適なデザインのことをいいます。アメリカ人建築家であり、工業デザイナー、そして車いすユーザーであったロン・メイス氏が提唱した概念で、1990年代から広く普及し始めました。日本では2010年頃から一部のメディアで報道されたり、大学や小学校の授業でも取り入れられたりするようになりました。

疑い深い私は、最初UDを知った時も「結局、理想論でしょ」としか思っていませんでした。でも、UDについて調べていくと、本気でUDな社会を目指している人たちがいることに驚きました。

そして、その真摯な姿に、大きな希望を感じるようになったのです。

UDな社会は、障がい種別を超え、そして障がいのあるなしに関係ありません。「想像力」という人間が持てる素晴らしい能力を使って、お互いに理解しようとする過程を経て生まれるものだと感じました。

完璧なUDな社会というのは、実現不可能かもしれません。

でも、その理想を目指す過程で生まれるものは、生きづらさを抱えるすべての人にとって、大きな希望になると思うのです。

 

「障がい者」の平等な社会参加を拡げ、より多くの人が生きやすい社会をつくるためには、「障がい者」「健常者」の二項対立を卒業しなければ、今以上、先に進まないのではと感じています。

もちろん、「障がい者」の声が「健常者」によって蔑(ないがしろ)にされた過去の過ちを繰り返すのではありません。
「障がい者」の「つらい」という言葉に対して、「健常者」が引いてしまうのではなく、みんなが「自分事」として一緒に考えられる社会への可能性を強く感じています。

 

私はこの連載で、ユニバーサルデザインジャーナリストとしての活動を開始しました。そう、UDジャーナリストと名乗っていますが、実は私自身もまだ勉強を始めたばかりなのです。
本連載では、UDな社会を目指し、活動している方たちにお話を伺いながら、Co-Co Life☆女子たちの声をどう発信したらよいのかを、スタッフや読者のみなさんと一緒に学び、考えていきたいと思っています。

次回、連載#2は、2018年4月20日ごろ公開予定です。どうぞよろしくお願いいたします!

 

「桐田さえのユニバーサルデザイン概論」連載の一覧はこちら

#1「『障がい者』と『健常者』」のはざまから。ユニバーサルデザインとの出会い

#2 ユニバーサルデザインで社会を変える!カギとなる私たち当事者の声の伝え方
   ~聞こえる世界と聞こえない世界をつなぐ
   ユニバーサルデザインアドバイザー・松森果林さん~

 

【執筆者プロフィール】
桐田さえ(Sae Kirita)
ユニバーサルデザインジャーナリスト・社会福祉士

1982年生まれ。小学生のとき、おたふく風邪が原因で片耳の聴力を失う。福祉系専門書の出版社等に勤務後、2013年フリーランスのライター・編集者として独立。現在、介護や障がい関連の媒体でお仕事中。しなやかに自分らしく生きる女性を応援するサイトRhythmoon(リズムーン)で「『障がい者』のイメージを豊かに」を連載中。

記事一覧はこちら  https://www.rhythmoon.com/column/disabled_person/

Twitter:@sae_kirita 

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