桐田さえのユニバーサルデザイン概論#2 松森果林さんインタビュー

#2 ユニバーサルデザインで社会を変える!
カギとなる私たち当事者の声の伝え方

~聞こえる世界と聞こえない世界をつなぐ
ユニバーサルデザインアドバイザー・松森果林さん~

こんにちは。ユニバーサルデザイン(UD)ジャーナリストの桐田さえです。
私が初めて松森果林さんのことを知ったのは、大学生のときに読んだ松森さんの著書『星の音が聴こえますか』(筑摩書房)Amazonはこちら がきっかけでした。
松森さんは、小学4年のときに右耳の聴力を失い、中学から高校にかけて左耳も失聴しました。
片耳難聴時代に同級生に耳のことでいじめられ「自分を守るために難聴のことは隠すんだ」と、必死に「普通のフリ」をする姿が幼い頃の自分と重なり、胸が苦しくなりました。
その後、残りの聴力も失い自殺未遂までされますが、前を向いて障がいとともに歩むようになった姿から、大きな希望を与えてくれた存在でもあります。
現在は「聞こえる世界と聞こえない世界をつなぐユニバーサルデザインアドバイザー」としてご活躍されている松森さんに、UDの魅力や障がい当事者として大切にされていることをお聞きしてきました。

【松森果林(まつもり・かりん)さんプロフィール】
1975年生まれ。筑波技術短期大学デザイン学科卒業。UDを人生のテーマとして、公共施設や企業へのUDアドバイザーとして活動中。著書に『誰でも手話リンガル』(明治書院)『音のない世界と音のある世界をつなぐーユニバーサルデザインで世界をかえたい!』(岩波書店) など多数。

ブログ「松森果林UD劇場~聞こえない世界に移住して~」
松森果林フェイスブック

■UDの魅力とは?
【はじめから、できる限り多くの人が楽しめるデザインを目指すUD】
桐田:UDを人生のテーマにされたきっかけを教えてください。
松森:私は、筑波技術短期大学(日本で最初に視覚障がい者と聴覚障がい者であることを入学条件にした国立大学法人)の出身です。在学中に「聞こえなくても東京ディズニーランドを10倍楽しむための提案」というテーマの授業がありました。
私たち聴覚障がいの学生が、東京ディズニーランドで調査を行って話し合い、改善するための提案をまとめて、㈱オリエンタルランドの重役や社員の皆さんの前で発表する機会までつくっていただきました。
それがきっかけとなり、様々な提案が実現しました。例えば、コミュニケーションのバリアをなくすために手話で対応できる「手話キャスト」の育成や、音声のみだったアトラクションのストーリーを事前情報として得ることができる「ストリーペーパー」「字幕表示システム」の開発などです※。この経験で、みんなが楽しめる環境をつくっていけば、バリアはなくしていけることを学びました。
※東京ディズニーリゾートのバリアフリー情報はこちら
https://www.tokyodisneyresort.jp/tdr/bfree.html

このように、今あるバリアを解消していくことを「バリアフリー」といいますが、最初から誰もが利用しやすいように考えること、つまり最初からバリアをつくらない考え方をUDともいえます。バリアフリーはもちろん、社会全体をユニバーサルにしていきたいと思うようになりました。

【UDは企業にとって欠かせないキーワードに】
桐田:企業のUDに対する動きは、どのように変化していると感じますか?
松森:多くの企業で、UDは欠かせないキーワードになっていると感じます。
桐田:それはどのような社会変化が背景にあるのでしょうか?
松森:日本の高齢者数は約3,515万人、総人口比は27.7%と過去最高です。年を重ねれば誰だって耳が聞こえにくくなったり、視力が低下したり、疲れやすくなったりと、健康への不安が出てきます。
また、平成28年度の障がい者数が約936万6,000人、全人口の約7.4%という数字も発表されました※。そして、訪日外国人数も増えていますよね。
こうした現状に、社会が追い付いていないと思います。かつてのように、若くて健康な人を基準にした社会づくりでは、対応できません。
だれもがどんな状況であっても自分らしく楽しく過ごせる社会づくりが求められていて、そのためにUDの考え方が必要なのです。
※平成28年生活のしづらさなどに関する調査(全国在宅障害児・者など実態調査)厚生労働省
http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/seikatsu_chousa_h28.html

■当事者に求められるのは、客観性と他者への想像力
【UDアドバイザーとしての活躍】
桐田:現在はUDのアドバイザーという肩書きですが、どのようなお仕事をされているのでしょうか?
松森:「聞こえる世界と聞こえない世界の両方を知ること」を強みとして、講演や研修、執筆などのほか、公共施設やまちづくり、商品開発やサービスのアドバイスからCMや映画の字幕、エンターテインメントにまで幅広く関わっています。
公共施設を建設する際の、UDに関する検討委員会に参加することも多いです。例えば、2010年に運用開始した羽田空港国際線旅客ターミナルビルでは、企画や設計の段階からさまざまな障がい当事者が、皆が利用しやすい空港にするための議論をしました。当事者が参加することが大切なのです。
現在も、UDの事後検証委員会が定期的に開催されています。

羽田空港国際線ターミナルに設置されたトイレのフラッシュライト。火災報知器や非常放送と連動して光る。聞こえない人が緊急時に逃げ遅れることを防ぎ、安心して用を足せる(提供:東京国際空港ターミナル)


羽田空港国際線ターミナルのエレベーター。UD検討委員会の聴覚障がい者グループからは万が一閉じ込められたときのためにガラスの透明タイプが挙げられたが、弱視者からは壁と気づかずぶつかってしまう危険性があるという反対があった。結果、外部とのコミュニケーションも保証され壁と認識できる、ガラス壁に雨模様のデザインフォルムをつけた美しいデザインとなった(提供:東京国際空港ターミナル)

2017年度からは、羽田空港や成田空港のお土産店や免税店、ブランドショップなどを運営する(株)羽田エアポートエンタープライズで、聴覚障がいに関する研修や、接客手話を中心とした講師をしています。手話を勉強中のスタッフが増え、ろう者から「手話で対応してもらい、初めてお買い物を楽しめた」という声もいただきました。
羽田空港や成田空港のお土産店や免税店、ブランドショップなどを運営する(株)羽田エアポートエンタープライズにて、聴覚障がいに関する研修や接客手話を中心とした講師を行う

そして、同じく2017年度から成田空港でも、UD推進委員会や分科会が始まりました。
UDにゴールはなく、その時代のニーズや技術の進歩などによって、より良いものへと進化させていくことができるので楽しいですよ。
桐田:テレビCMの字幕の推進活動などもされているんですよね。どのような思いで始めたのですか。
松森:CM字幕の推進活動は、始めてから20年にもなります。TV番組への字幕は増えていますが、CMには字幕がないことに大学生のときに気づきました。聞こえているときに見たり聞いたりしたCMは今も記憶に残っているのですが、聞こえなくなってからはCMが記憶に残らないんです。CMは、お客様に知ってもらい、買ってもらうためにつくられているのですから、あらゆる人に情報を伝えるべきだと思いました。
「CMにも字幕を」と提案を始めた1990年代後半の時点では、動いてくれる企業はいませんでした。企業でUDについて講演する機会が機会があるごとに提案し続けました。
2010年にパナソニックが日本で初めてテレビCMに字幕をつけ、その後、少しずつ増えてきました。今も、企業や広告代理店などの関係者、総務省、当事者などあらゆる人に働きかけています。
「あきらめずに発信を続ける」、これは「UDな社会」を目指す私の信条です。

【UDは多様性を知り、相手を思いやることから始まる】
桐田:当事者として発信するときに、どうしても自分だけの視点から訴えがちです。
松森:自分の障がいの特性にこだわった案はもちろん大切ですが、自分とは異なる立場・経験を想像する力や客観性も求められます。UDを考えるということは、多様性を認め合い、受け入れる寛容性や柔軟性をもつことにつながりますから。そのためにも、障がいのあるなしだけでなく、また同じ障がい者同士だけでもなく、出来る限りいろいろな人と関わりを持つことが大切だと思います。
桐田:その点、特に聴覚障がい者は、他の障がい者の輪に入ることへの「壁」を感じて、あきらめる場面も多くなりがちです。そのためか、他の障がい者の聴覚障がい者への理解も、乏しいように感じています。
松森:それはありますよね。同じ障がい者同士で集まることは、同じ悩みや困りごとを共有できるという点では、聴覚障がいに限らず他の障がいでも同じかもしれません。特に聴覚障がいの場合は、一人ひとり聞こえ方も、コミュニケーション手段も違いますし、手話という共通言語があると、集まりやすくなるのは自然なことですよね。
また、聴覚障がいは見た目でわからない、という特徴もありますしね。わからないから聞こえないことを隠してしまう人や、言わずになんとなく済ませてしまう場面も、ありますよね……(笑)?
桐田:あります、あります(笑)。タイミングを逃したり、その場の雰囲気で言えなかったりしますしね。
松森:障がいの捉え方は人それぞれですが、障害者差別解消法が施行された今、自分の障がいについて、何ができて何が必要なのかを説明できると、今よりもっと生きやすくなるのでは思います。
桐田:私は、自分の耳のことを言わないことで生きづらさを感じるだけでなく、「言えない自分」に対して、ずっと劣等感や罪悪感を持っていました。
松森:私も、かつては聞こえないことを隠していたからわかりますよ。でも今は、隠さなければならない雰囲気がある社会、人と違うことを受け入れられない社会の側にも問題があると思っています。

■まずは「自分自身の多様性」とともに生きることを楽しんでみて
【当事者から多様性を伝えることが「UDな社会」につながる】

企業での講演の様子。「聞こえる世界と聞こえない世界の両方を知ること」を強みとして、UDな社会に向けて発信を続ける
松森:多様性を受け入れる社会になるためには、当事者側にも、自分自身を見つめ、受け入れ、そんな「自分自身」とともに生きることを楽しむことが必要なのかなと思います。
自分の障がいを、きちんと自分の中で分析して伝える力って、すごく大切です。それは結局「自分と向き合う」ことなのね。時にはすごくつらい作業ではあるけれど。
でも、そうやって自ら、身近なところから伝えていくことで、周りもがどんどん変わっていくと思います。自分と向き合うことは自分のためでもあるけど、最終的には多様性を伝えることで「UDな社会」につながるんだと思います。
桐田:松森さんが本の中で、聞こえないことでの失敗談をユーモアを交えて書かれているのが印象的でした。
松森:それは視覚障がいの友人達から学んだことです。視覚障がい者は、お話が上手な方が多いんですよね。私は、ほかの障がいの方と一緒に仕事をすることが多いのですが、彼らは日常生活でちょっと失敗したことや不便さを、笑いを交えて伝えることに長けています。そうすると、受け取る側も気持ちがラクになりますし、どうすれば解決できるのか、楽しみながら一緒に考えることができます。
特に建設的な話し合いをする場では、お互いにとって良い空気のなかで話せることが大切ですよね。「かわいそう」といった同情の対象ではなくて、一緒に何かしたい、一緒に楽しみたい!と思ってもらえたら最高です。
桐田:自分の要望を伝えるだけや、同情の対象だけだと「平等」に向けては何も変わらないですもんね……。伝え方って大切ですね。

【見た目でわからない不便さにも気付けるUDの魅力】
桐田:UDに関心を持っている企業も増えているということで、これからUDのますますの拡がりが期待されますね。
松森:うれしいことですね。その一方で、外見でわかる障がいに偏りがちであると感じることもあります。聴覚障がいや弱視の方、知的・精神・発達障がい、内部障害、難病といった「外見上、わからない障がい」にも丁寧に対応していく必要があります。逆に言えば、こうした視点にも気付けるのがUDの大きな魅力のひとつです。
桐田:見えないからこそ、意識して大切にしなければいけないことですね。
松森:UDにゴールはなく、そのときそのとき、より良いものに近づけていける可能性が無限にあります。
Co-Co Life☆女子の皆さんのご活躍を拝見していると、その溢れる魅力♡と、やわらかな発想は、一人ひとりが大切にされ、だれもが一緒に楽しめるようなワクワクする社会につながると感じています。
ぜひ一緒にそんな社会を実現していきましょう!

【おわりに】
「聞こえる人」「見える人」「歩ける人」「コミュニケーションができる人」……。
これらを基準にしてつくられた今までの社会の在り方を根本から問い直し、その基準からはずれていた人たちの声も大切にするUD。その魅力と可能性を改めて感じることができました。
そして「障がいを隠さなければならない社会の側にも問題がある」という松森さんの言葉で、今までの自分を許せた気がしました。
そんな社会を責めるだけでなく、多様性を受け入れるUDな社会に向けて当事者自身がどうすればよいのか。
その思いの強さと他者への優しさを併せ持ったお姿に、多くのヒントをもらいました。

【桐田さえプロフィール】
出版社等に勤務後、フリーランスのライター・編集者として独立。社会福祉士の資格を持つ。現在は、高齢者介護や障がい者関連の媒体を中心にお仕事中。「Co-Co Life☆女子部」での執筆のほか、しなやかに自分らしく生きる女性を応援するサイト Rhythmoon(リズムーン)で「『障がい者』のイメージを豊かに」を連載。

記事一覧はこちら  https://www.rhythmoon.com/column/disabled_person/
ブログ「桐田さえのUD編集室」 http://kirita-sae.com/]]>