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2018-09-02

桐田さえのユニバーサルデザイン概論#3 岸田ひろ実さんインタビュー

#3「車いす」を、家族や友達、恋人も…、
みんなのことを考えてつくることがUD

こんにちは。ユニバーサルデザイン(UD)ジャーナリストの桐田さえです。

株式会社ミライロ(大阪市・垣内俊哉代表)は、2010年にユニバーサルデザイン(以下、UD)を経営の軸とし、設立されました。「バリア(障がい)をバリュー(価値)に変えていく」という理念のもと、さまざまな切り口からUD事業を展開しています。

今回、UDの魅力について、お話をお聞きしたのは、同社でユニバーサルマナー講師を務める岸田ひろ実さん。40歳の時に、生存率20%の手術を乗り越えた後、後遺症で下半身まひとなり、車いすを使用しています。現在は、全国、そして海外を飛び回り、年間180回以上の講演を行っています。

そして、写真で、ひろ実さんの隣にいらっしゃるのは岸田奈美さんです。垣内代表らとともに創業メンバーとして同社設立にかかわり、今は広報部部長を務めています。奈美さんはひろ実さんの長女であり、ダウン症の弟さんをもつ「きょうだい(※1)」でもあります。そんな「障がい者の家族」である奈美さんにも、UDの魅力について一言いただきました。

※1 「きょうだい」とは、兄弟姉妹に障がい者がいる人たちのこと。

 

【岸田ひろ実さんプロフィール】

1968年生まれ。夫の突然死を経験した後、自身も40歳のときに大動脈解離で突然倒れる。
後遺症により、下半身まひとなり、車いす生活を送る。ダウン症の長男の母親でもある。
2011年、長女である奈美さんが創業メンバーを務める㈱ミライロに入社。
2017年2月に著書『ママ、死にたいなら死んでもいいよ』(致知出版社)を出版。

岸田ひろ実さん Facebookはこちら

著書『ママ、死にたいなら死んでもいいよ』(致知出版社)

 

■ 多様性を学ぼうとする業界のひろがり、そして若い世代にも

桐田:ひろ実さんが講師をされているユニバーサルマナーとは、どのようなものなのでしょうか。

ひろ実:「ユニバーサルマナー」とは、当社がつくった言葉です。「自分とは違う誰かのことを思いやり、適切な理解のもと行動するためのマナー」と定義づけています。

日本では、例えば、目の前で困っていそうな高齢者や障がい者の方を見かけても、どう声を掛ければよいのかわからず、結局は声を掛けられない「無関心」な態度と、相手が求めていないことまでやりすぎてしまう「過剰」な態度、という両極端な態度をとりがちです。

ユニバーサルマナーでは、まずは、相手の視点に立って考えます。そして何をしたらよいのかわからなければ「何かお手伝いできることはありますか?」という声掛けで向き合うことを基本にしています。

桐田:どのような方が講座を受けているのですか。

ひろ実:講座が始まった当初は、ホテルや結婚式場、デパートといった商業施設など、接客業の企業様が多かったですね。今は、地方自治体や国の行政機関、小学校や中学校、大学などの教育機関、お寺、ハウスメーカーなどの製造関係の企業様など、多種多様な企業や現場でお話しさせていただいています。

桐田:学校でも教えていらっしゃるんですね。世代別にUDの認知度を調査した内閣府の調査(※2)において、UDを「知っている・どちらかといえば知っている」の割合は全世代の平均では6割未満でしたが、一番若い世代である10代後半では9割以上と、他の上の世代と比べてダントツで認知度が高かったのが印象的でした。

10年後、20年後、彼らが社会に出て活躍するころには、もっとUDやユニバーサルマナーが当たり前になっているかもしれませんね。

※2 平成29年度バリアフリー・ユニバーサルデザインに関する意識調査報告書 (内閣府)

ひろ実:人権教育、そして美術や家庭科の授業などで、積極的にUDを授業テーマに取り入れる学校が今は多がいようです。UDの視点も持った今の中学生や高校生が大人になって、もっと社会を変えてくれるんじゃないかな、という期待感はとてもあります。そして、そんな教育現場でお話できる意義を感じていますね。

 

■UDを軸に、誰もが活躍できる社会を目指して起業

桐田:御社は、車いすユーザーの垣内社長を中心として、UDを経営の軸に起業されました。

一方、今の日本では障がい当事者が社会に対して発信するとき、UDという言葉よりもバリアフリーを選ぶ方が多いです。御社がUDをテーマにされたその思いは?

ひろ実:UDとバリアフリーの違いは、対象の範囲だと当社では考えています。バリアフリーの対象は、障がい者、ひいては高齢者になりますが、UDは、年齢や性別,国籍、障がいの有無にかかわらず、すべての人が対象になります。当社では、障がい者や高齢者だけでなく、「みんな」が暮らしやすい社会、活躍できる社会をつくりたいという思いでUDをテーマにしました。

ちなみに1970年代くらいから、日本ではバリアフリーという言葉が法律や条例などで使われ続けていますが、実は、海外では「バリアフリー」は、通じないことが多いんです。

桐田:バリアフリー先進国というイメージのあるアメリカでも、もうほとんど使われていない言葉だと聞いたことがあります。

ひろ実:海外では、UDのほか、「アクセシビリティ」という言葉も使われていますよね。

高齢化のほか、グローバル化やほかのマイノリティの可視化によって、「バリアフリー=対象は障がい者・高齢者」だけでは、補いきれないという状況が広がった結果だと思います。

日本でも、高齢者、障がい者、ベビーカーのユーザー、外国人、LGBTの方など、多様な方が社会で暮らしているし、活躍されていますよね。ですので当社でも、障がい者や高齢者だけでなく、対象をすべての人にひろげて、事業を展開しています。

 

■「ひとごと」から「自分ごと」へ

桐田:私はUDを勉強して、「バリアフリー」だけだと、障がい者の困りごとが「ひとごと」のままだな、と感じました。でも、障がいの有無にかかわらず、みんなのこととして考えるUDの姿勢だと、「自分ごと」となり、その距離が縮まるし、「より良い社会をつくるための共感者」を増やす効果もあるのかな、と理解するようになりました。

障がい者が抱える課題は、ほかの隣接するさまざまな社会課題とつながっていると思います。バリアフリーももちろん大切な考え方ですが、「共感者」を増やし、その壁を突破させてくれるヒントにつながるのがUDだという気がします。

ひろ実さんご自身は、初めてUDを知った時、どのような印象をもちましたか。

ひろ実:バリアフリーという言葉や考え方に囚われていたなと、昔の自分を振り返ってみると感じます。特に、ダウン症の息子が小さなうちは、バリアフリーのほうが私のなかではしっくりきていたかもしれません。「障がい者に対してこうしてあげなければ、もしくはこうしてほしい」という特別感ですね。当社に入社したばかりの時は、考え方の違いはわかっても、具体的にイメージすることはできませんでした。

でも、UDは、障がい者や高齢者だけのものと特定するのではなく、自分の近くにいる誰かのことを考えることなのだと理解した時、障がい者のことを考えたり社会をよくすることを考えたりすることへのハードルが下がって、物事を見る視野が広がったように感じました。

桐田:ひろ実さんは、中途障がい者という視点もお持ちです。それがUDの理解に影響を与えましたか。

ひろ実:自分が障がい者になってからは、歩いていたころの「健常者の立場から障がいのある方を見る視点」のほか、新たに2つの視点を得ることが出来ました。「障がいのある自分が、他の障がいのある人を見る視点」、「障がいのある自分が、健常者を見る視点」です。これら3つの視点で、いろいろな立場の方のことを考えられるようになりました。今では、よりUDという考え方に共感するようになりました。

そして、逆に障がいのある方も、障がいのない人に歩み寄る必要性も理解することができました。

 

ミライロが取り組む「ユニバーサルマナー検定」実習の様子

■歩み寄りへの双方の課題

桐田:障がい者への歩み寄りに慣れていない人には「ユニバーサルマナー」という考え方が新鮮で、学ぶことも多いと思います。一方、障がい者が障がいのない人に歩み寄る時の課題はありますか?

ひろ実:みんなが暮らしやすい社会をつくるためには、みんなが歩み寄ることが必要です。まずは、障がいのことを知ってもらう。障がいのあることは、不幸なことでも、弱みでもありません。できることもできないこともあって、障がい者も1人の人間です。だから、私自身も、息子も含めての課題ですが、できないこととできることの線引きをしっかりと自分の中で理解することです。

そして、困っていることがあったら「こういうことで困っているので助けてください。お手伝いしてください」「このお手伝いは必要ありません」と障がいのある人自身も声を上げていかなければいけないと考えています。

桐田:私も、まだそこは課題を感じているところです……。私は、片耳が聞こえず、特に飲み会等の騒がしい場所では聞こえづらいです。耳のことを言えず、聞こえるふりをしてその場をやり過ごすことも多かったんです。ただ最近は、できないことをきちんと伝えることが、相手に誠実に向き合うことでもあると、わかってきました。それでも、否定されてしまうこともありますが……。

いかんせん、どちらかがドアをノックしてくれても、相手がドアを開けないことには、コミュニケーションは始まりませんよね。

ひろ実:私も、出来ない自分を受け入れることには時間がかかりました。でも、少しずつでいいので自尊心を高める努力を自分でしましたね。また周りの大切な人に……私の場合は娘だったのですが、「できない自分でも必要とされている」という自信をもらうことで、このままの私でいいんだとやっと受け入れることができました。

できないことはできない、手伝ってくださいと、障がい者自身が抵抗なく声をあげられる社会にしていかなければなりません。その声は、UDの進歩にとっても、とても貴重なものですから。

 

障がいを「武器」ではなく「価値」に変えるために

桐田:できないことを伝えられない・受け入れられない環境で過ごすことは、とてもストレスを抱えます。ただ、障がいは、時には相手を黙らせてしまう“力”があるとも感じています。それが怖くて、素直に伝えられない人も多いのではないでしょうか。

ひろ実:当社では、発信するうえで「障がいは価値ではあるが、武器にしてはいけない」をルールのひとつにしています。「自分には障がいがあるから、こんなにかわいそうだ」「障がいがあって不便だから、こうしろ」と、正論であっても誰かを攻撃するような言い方であれば、相手も萎縮してしまいます。障がいを武器にしていては、新しい発想や理想のコミュニケーションは生まれません。

「あなたにも共通することです」「一緒にこんな社会を実現しましょう」と、共感や応援を得て、歩み寄ることが大切だと思います。

桐田御社では、UDをテーマにして、障がいを価値にかえる「バリアバリュー」という考え方を広げようとされています。これは「Co-Co Life☆女子部」も同じ思いです。一方、UDは「みんな」を対象にしているため、逆に障がい者が置き去りにされてしまうのでは、と不安を感じる障がい当事者もいるかもしれません。

ひろ実:障がい当事者の声を取り入れないままつくられた商品やサービスは、障がいのない人たちが「きっとこうしたら障がい者は使いやすいだろう」と想像の元につくられている場合があり、実際は障がい者にとっては使いにくい「なんちゃってバリアフリー」「なんちゃってUD」になりがちです。

たとえば、点字ブロックがスロープに誘導するように敷かれているのを見かけますが、視覚障がいの方には、遠回りするより階段を使いたいという人もいますよね。

障がい者が本当に使いやすいお店や施設は、みんなにとって使いやすい優しい場所になっています。そして、障がいのある当事者だからこそ、本当に必要なUDが分かるのだと思います。

したがって、障がい者が置き去りにされるのではなく、むしろUDにとって、障がい者の声は欠かせない価値になるのだと、理解しています。

桐田:ある障がい者雇用に積極的な企業にお話を聞いたときに印象的だったことがあります。障がい者雇用が広がったことで、育児中の女性の離職率が減ったり、他の社員も環境が良くなったと感じたりという効果があったそうなんです。障がい者という多様性への配慮に会社や人が慣れることで、誰しもが働きやすい雰囲気や環境づくりに効果があるんだと、はっとさせられました。

 

どんな製品にも、多くの人が使いやすいかどうかというUDの視点はまだ入れられる

桐田:障がい当事者ではないけれど、障がい者の「きょうだい」であり、中途障がい者となった母を持つ奈美さんは、UDの魅力をどのようにお考えですか?

奈美:UDには、バリアフリーでは対象に入っていなかった、私のような一緒に行動する家族、または友人や恋人、介助者などの周りの人たちも対象に入っていると思います。そんな障がい者と一緒に行動する、生活する人たちに対しても、やさしい社会を考えることは、すごく大切なことだと思っています。

たとえば、弟と一緒にいると、サービスや商品等について説明を受けるとき、私だけに話しかけられる場面がとても多いです。でも、弟と一緒によく行く地元のテーマパークでは、スタッフの方が弟と私の両方に目線を配りながら、説明してくれたり、「どちらにご説明すればいいですか?」と聞いてくれたりと、対等の立場で見てくれることを感じるんです。すると、弟も嬉しいだけではなく、私の心の負担も減ります。

物理的に、サポートしやすいかどうかも大切だと思っています。たとえば、車いすでハンドルにブレーキがついているタイプのものは、介助者が後ろからブレーキをかけることもできるので、こぐのも介助するのも楽なんです。車いすという福祉器具でさえ、障がい当事者だけでなく、多くの人が使いやすいかどうかというUDの視点をまだ入れられる。車いすの人をサポートすることや一緒に歩くことが負担にならない社会づくりにつながると思います。
結果的に、もっともっと障がい者が外出できたり、社会で活躍したりできることが増えていくと期待しています。

ひろ実:娘が一緒に移動しているときに「すみません」と周りに謝っている姿を見ると、こちらもつらい、申し訳ない気持ちになります。家族などの周りの人たちも、障がいのある当事者も、心配していることや不安に思っていること、悲しく思うことの根っこは、同じなんですよね。

桐田:その根っこの課題への理解を促し、みんなが「ひとごと」ではなく「自分ごと」として考えられる社会をつくっていきたいですね。

左から、桐田さえ(筆者)、「Co-Co Life☆女子部」ライタースタッフの榎本佑紀、
岸田ひろ実さん、岸田奈美さん

【おわりに】

ユニバーサルマナーで教えられている「何かお手伝いできることはありますか?」という声掛け。

障がい者との壁を超えるカギがそのような「簡単な」一言であることに、障がい者と健常者の壁がまだそれほどまでに高いのだと感じました。

障がい者自身も、できること・できないことを伝える勇気を持ってほしい、そして、その言葉が受け入れられる社会になってほしいというお話が印象的でした。ただ、今、現実に、それが受け入れられず、傷つき失望している当事者もいるかもしれません。

でも、両者が部屋のドアを閉めて同居しているような社会では、理解は進みません。理解が進まなければ、偏見のない平等な社会にもなりません。

障がい者の「今の社会ではできないこと」を知ってもらい、それを一緒に改善することで、障がいのあるなしに関係なく、だれもが暮らしやすいUDな社会に近づきます。
障がいのない人たちの生きづらさと、障がい者の生きづらさは「根っこ」でつながっていると思うから。
そんなUDの視点を、もっと多くの障がいのない人たちにも知ってもらいたいと感じました。

 

【株式会社ミライロ】
2010年、大阪市で設立。
社会には「環境のバリア」「意識のバリア」「情報のバリア」の3つのバリアがあるとし、「ユニバーサルマナー検定」の運営や、ユニバーサルデザインのコンサルティング、バリアフリー情報アプリ「Bmaps」の開発・共同運営などを通じ、ユニバーサルデザインの普及に取り組んでいる。「ユニバーサルマナー検定」の認定取得者は約6万人にのぼり、「Bmaps」のレビュー数は10万件を突破している。

ミライロののホームページはこちら

ユニバーサルマナー検定のの詳細はこちら

 

「桐田さえのユニバーサルデザイン概論」連載の一覧はこちら
#1「『障がい者』と『健常者』」のはざまから。ユニバーサルデザインとの出会い
#2 聞こえる世界と聞こえない世界をつなぐ ユニバーサルデザインアドバイザー 松森果林さんインタビュー

 

【桐田さえプロフィール】

1982年生まれ。小学生のとき、おたふく風邪が原因で片耳の聴力を失う。福祉系専門書の出版社等に勤務後、2013年フリーランスのライター・編集者として独立。現在、介護や障がい関連の媒体でお仕事中。しなやかに自分らしく生きる女性を応援するサイトRhythmoon(リズムーン)で「『障がい者』のイメージを豊かに」を連載中。

記事一覧はこちら  https://www.rhythmoon.com/column/disabled_person/

ブログ「桐田さえのUD編集室」 http://kirita-sae.com/

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