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フィリピン、デュマゲッティ体験談その5、オンリー1
性的虐待という現実を目のあたりにして重い体験をした1週目とは打って変わり、
2週目は子供たちと遊ぶ、大学生といっしょに遊びに出掛けるなど楽しいプランでした。
2週目に訪れたコミュニティは、LCP(Little Children of Philippines)というNGO団体です。
LCPがやっていることは主に五つ。
一つ目はほとんど無料で家を立ててあげて、
その家を家族に月400ペソくらいの払える値段で貸し与えるハウス プロジェクト
(普通に家を借りると一部屋とキッチンしか無い家でも月3000ペソくらいします)。
二つ目は小学校に入る前の5歳の子供たちに無料で読み書きを教えるプリスクール。
三つ目は、ストリートチルドレンに近いような貧しい子供たちに、
学校にちゃんと来れば年間200ペソで毎日昼食を提供するスープキッチン(授業料は無料)。
四つ目は親のいない子を保護して学校にも通わせるシェルター プロジェクト。
五つ目は、生ゴミと土を混ぜたところにたくさんミミズを入れて良い土を作ってその土を売るプロジェクト、
この五つです。
とはいえ、私たちはべつに1週間ずっとそのオフィスにいたわけではなく、
LCPがハウスプロジェクトで支援している村の一つ、ブルミントンにホームステイしていました。
まずはここブルミントンの村の雰囲気を紹介しましょう。
まるで「世界不思議発見」や「世界ウルルン滞在記」などでやってきそうな、フィリピンの田舎の村。
ここには32建の家があります。
まず皆さんに理解しておいていただきたいのは、日本とフィリピンの近所付き合いの考え方や、
友達関係の考え方の違いです。
日本では、どんなに仲が良い友達でも、出かける約束をしたら時間を守りますし、
ある日突然相手の家に泊まりに行く、なんてこと、あまり無いですよね。
フィリピンではむしろ、事前に「何月何日に遊びに行っていい?」などと
事前にアイントメントを取ることのほうがほとんどありません。
友達に限らず、先週裁判所に行った時も、警察署に行った時も、私たちは事前に連絡することなく、いきなり言って、
「日本から来た大学生なので見学させてください」とその場でお願いしてOKされてきたのです。
これが日本とフィリピンの1番大きな違いではないかと思います。
村でも、家の鍵など寝る時くらいしかかけなくて、むしろ暑いので玄関は開けっ放しで、
いつでもどんな時でも誰でもウェルカムなのです。
もし友達が来た時、洗濯物や料理をしていて忙しそうだったとしたら、友達もいっしょに洗たくや料理を手伝います。
村の子供たちは、開け放たれた家々を、自由に出入りするので、
夜遅くになってみんながそれぞれの家に帰るまで、私たちにはどの子がどの家の子なのか分かりません。
村全体が家族で、家は一つの部屋にすぎない、といった感じです。
また時間の感覚も違います。
そもそもフィリピンで人々が時計を見て生活するようになったのは最近のことなので、
あまり時間に正確に動く習慣はありません。
むしろ、待ち合わせより30分、いや時には1時間くらい遅れてやってくるのはあたりまえです。
いやむしろ、日本人がまるでロボットのように、毎日時計とにらめっこし、
時間に追われてピリピリしながら心に余裕の無い生活をしているだけでしょうか。
なのでフィリピンにいる時は私たちも、「明日朝9時にね」と言われたら、
9時15分くらいになってから「そろそろ出かける準備でもするかあ」と思い始めて、
9時40分くらいに待ち合わせした人と会って、実際に出かけるのは10時近い...といったかんじでした。
ブルミントンの村の話しに戻りましょう。
この村を発展させるため、LCPは村人たちに職業訓練をしています。
何か手に職を付けられれば、仕事を得られるのでお金が手に入り、
お金を使って自分の生活を豊かにしすることができるからです。
LCPは村人全員に同じ職業訓練をするのではなく、
その人の個性なども活かしながら、一人一人違った技術を教えています。
みんながオンリー1の能力を持っていて、お互いの技術を活かして助け合いながら生活しているのです。
例えば、私たちがステイしていた家のお父さんは水道工事ができます。
二軒隣の家のお母さんは、手作りのアイスクリームを作ることができ、それを一つ5ペソで売っています。
他にも、アバカという木から糸を紡いで、それで織物を織ることができる女の人もいます。
豚と鶏は村全体の物として共同で飼っています。
これも、鶏の世話を仕事にしている人や、豚の世話を仕事にしている人がいます。
村の端には川が流れていて、ときどきお母さんたちが洗濯物を持って、まさに「川に洗濯」に出かけます。
村の真ん中には公園があって、午前中はまだ小学校に行っていない小さな子供たちが遊んでいます。
午後4時を過ぎると、小学生たちが学校から帰ってくるので、公園は賑やかになります。
私たちを迎えるウェルカムパーティーや、私たちを送り出すお別れパーティーなど、
村の人々はよく、夕方その公園に集まって催し物を行います。
そういう時は、例えばギターを持っている家はそれを持って来る、
スピーカーを持っている家はそれを提供するなど、
それぞれが自分のできる仕事やパートを担当し、お互いの持ち物を合わせてパーティーを作り上げます。
パーティーでは、大人から子供まで参加できる様々なゲームをやったり、
子供たちがダンスを披露したり、大学生たちがバンドを組んで披露したり...。
パーティーが始まる時など、何かでみんなを公園の広場に集めたい時は、
鐘の代わりに、公演にあるジャングルジムみたいな物を石で叩いて知らせます。
みんな家のドアを開けっ放しにしているので、それで十分聞こえるのです。
彼らの生活はけっして裕福だとは言えません。
毎日30度を超える常夏のフィリピンなのに、どの家もクーラーなどありませんし、家によっては水道もありません。
でも、一人一人の個性や能力を受け入れて最大限活かそうとする雰囲気と、
お互いがお互いを思いやる暖かい雰囲気があります。
次の体験記では、この村で行われたお葬式や、フィリピンのバースデーパーティーなど、
文化的行事について書いていきたいと思います。
※写真の1枚目は、私たちといっしょにサービス活動を行っていた香港からやってきた大学生の男の子が、
アイスクリーム作りを体験している写真です。
バケツのような入れ物に、ミルクと砂糖とマンゴーを細かく切った物を入れ、
それを直径3センチから4センチくらいの太い木の棒で、押し付けるようにしながら1時間くらいかき混ぜたら、
アイスクリームができあがります。後は、氷で冷やすだけです(冷凍庫などここにはありません)。
2枚目は、 アバカの木から取った糸を使って、織物を織っている...、その機械(機械と言ってもすべて手で動かします)と、織りかけの織物です。
3枚目は、豚小屋に入っている豚です。これは村全体の物として共同のスペースで飼われており、
私たちが訪れた時には、男女一人ずつがそれぞれ小屋の掃除をしていました。
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