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フィリピン、KPACIO体験談その3、ここで生きていけるかもと思った瞬間


 スタッフハウスにはときどきもう一人の女性スタッフであるダフネさんが訪れ、いっしょにご飯を食べたりします。

スタッフたちは私以上に英語はできるのですが、フィリピン人同士で話す時はやはりタガログ語、
そしてマックスは何となくその会話を理解しているので話しに入れるのですが、
私は彼女たちが英語でしゃべってくれるか、もしくはマックスが日本語で説明してくれた話しにしか加われない...、
これが悔しくて、この滞在中に絶対タガログ語を覚えてやると心に誓います。

 あと今フィリピンは乾季で、水不足です。

滞在二日目の3月6日日曜日、朝お手洗いに行き、手を洗おうと水道をひねったのですが、水が出ないんです。

「ハリエットさん、なんで水出ないんですか?」と聞くと、

「ああ、さっき朝ごはん作ったからよ」
とあたりまえに言われ、

「ああ、そうなんですか」
と口では答えたものの、いやいや意味が分かりません。

 

日本で水不足と言えばその夏プールに入れないくらいなものですが、
水不足とは、朝ごはんのお皿洗ったらその後午後になるまで水道捻っても水が出ないことを言うらしいです。

また、なぜか朝が1番水が出なくて、夜になるにしたがって回復するのです。

 午後になって、「水出るようになったから、マックスからシャワー浴びていいよ」と言われます。

マックスが終わると、「まだ出るみたいだから、由香理行っていいよ」と言われ、バスルームへ。
ちなみにフィリピンのシャワーとは、バケツの水(温かくは無い水道水)を、
柄杓の大きいのみたいなので掬ってかけることを言います。

暗黙の基準で、一人あたり使っていい水の量はバケツ1杯です。

そこに蛇口はあるので水を足すことはできますが、この状況から見て、
バケツ1杯以上使ってはいけないのは明らかですよね。

髪まで全部洗い終わった時、なんとまだバケツの底に5センチくらい水が残っていたという自分に感動!

1番最初フィリピンに来た時はバケツ1杯の水で全てを洗うなんて考えられなかった私ですが、
いつのまにか鍛えられ、私はここで生きていけるかもしれない、と思った最初の出来事です。

 

 日曜日の夕方ダフネさんが家に来て、これからの私の予定を言い渡されます。

月曜日から木曜日まではマラボンにあるスラムのデイケアセンターに行き、
幼稚園の子どもたちに折り紙を教えたりstory tellingをする。

金曜日は、うまく行けば近くの障害児学校に行き高校生の前で話しをする、
ただし学校とまだ交渉中だから、もし断られたらマラボンの子どもたちの保護者の前で話しをする
(実際には学校に断られ、保護者の前で話しました)。

土曜日は午前中は休みで午後はダフネさんとナボタスのスラムへ行き、
小学生高校生(フィリピンには中学校はありません)と関わる。

日曜日は1日休みで、

次の週は月曜日から木曜日までトンドのスラムへステイし、
最初の三日間は子どもの相手、最終日は保護者の前で話し。

帰る前日の金曜日はマラボンやトンドのお世話になった関係者に集まっていただいて
Evaluation Day(評価やアドバイスをいただく日)だと言われました。

 

 とにかく、明日までに折り紙で子どもたちに何を教えるかと、
story teeling(読み聞かせ)で日本の童話のうち何を紹介するかを考えておきなさい、と。

 

ええっと、童話を語るほど私に英語力あったっけ、保護者の前で話しするspeaking力あったっけ、
という疑問と不安を抱えたまま明日は朝早いからと部屋へ追いやられます。

 

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 乗り継ぎの場所からマニラへ向かう飛行機の待合室まで来たところで、
ようやくタガログ語(フィリピンの公用語)が耳に入るようになり、私のテンションは上がります。

 

終に、私はまた大好きなフィリピンに行く!!

 待合室で隣に座っていた30代後半くらいの女の人が英語で話しかけてきて。
「あなた一人なの?どこまで行くの?」

私の左隣に二人女の人がいて、
私に近いほう(たぶんそっちのほうが年上)の人は英語ができるみたいで、
ただ私から遠いほうの人はどうやら英語はできないらしく、
私が答えたことを年上のほうの人がタガログ語に通訳してました。

「何歳なの?」

「21です」

「お母さんたちはどこにいるの?」

これはフィリピンに行くとよく聞かれる質問です。
そもそも障害者が家族の付き添い無しに出歩くなんて考えられない国ですから。

「日本にいます」

「あなたは日本から来たのね?」

「はい。あなたたちは、フィリピンの方ですか?」

とりあえず、待合室でも飛行機の中でも、一人でいることを周囲のフィリピン人や少数の日本人に
ものすごく心配されて、やたら声をかけられる私です。

 空港には、ハリエットさんとジャックさんが迎えに来てくれていました。
タクシーでスタッフハウスに向かいます。

彼らは、オフィスにジャックさんが住み、スタッフハウスにハリエットさんが住み、
ダフネさんは妹さんといっしょに暮らしています。

 スタッフハウスに着いた時、

「実は八日まではもう一人日本人がいるのよ」と知らされます。

32歳の女性で、地理学の研究をしている...大学院生が進化したみたいな、
同時に日本の大学で非常勤をやっているらしい人で、
英語は私レベルですが、彼女はタガログ語も同じくらい話せます。

本名は別にあるのですが、フィリピン人にとって呼びにくいので、
マックスというニックネームで呼ぶようみんなに言っているみたいです。

 

で、私たちも周囲がフィリピン人しかいないところで
二人だけ日本人が出会うと何だか不思議な気分になるわけで、
しかもむこうから見れば私は自分が教えているのと同い年くらいの学生、
そして私から見れば大学の先生と呼ぶにはあまりに頼りない、
どちらかと言うと限りなく大学院生に近い相手なのですが
とりあえずprofessorであることは確か
(ついでに日本人は自分だけだと思って覚悟していたところに先客がいて拍子抜け)
っというわけで、とりあえず何て呼べばいいのか分からないので私もマックスと呼んでました。

 フィリピンでは日本より上下関係が厳しく、神父さんや先生は非常にえらい存在ですし、
年上を敬う考え方もたぶん日本より徹底しています。

また、各差の上下関係も非常に気にしますし、先進国の人は自分より上、
みたいな不思議な上下関係もかなり気にする傾向があります。

私がお世話になるのにこのNGOを選んだ理由は、
彼らスタッフは「日本人は自分たちより上」みたいなへんな遠慮はしないからです。

 

あくまでこのスタッフハウスの主人はハリエットさんであり、
次にprofessorであるマックス、学生の立場でやって来た私は1番下という暗黙の決まりがあり、
マックスの部屋はちゃんとしたベッドですが私は床にマットを敷いてもらっているだけですし、
シャワーを浴びるのもご飯を食べ始めるのもマックスが先。

フィリピン3回目でこのルールは分かっているので、
べつに何の不満も無いですし、この新鮮な上下関係を楽しんでいたわけなのですが。

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 モニタースタッフ(?)の由香理です。

いつも、海外へ行った体験談を書く時だけこのブログに現れる...、
今回はまたまたフィリピンへ行ってまいりました!

「またフィリピン?」
というのは、渡航する前にも多くの人から言われました。

それもそのはず、私はこの1年間でフィリピンに3回行っており、
合計でやく2カ月、1年の6分の1をフィリピンで過ごしたことになるのですから。

しかし、今回今までの海外体験と違うのは、
誰の付き添いも無しに一人で現地まで行った、ということです。
現地に着いてしまえば知り合いがいるのですが、
彼らはみんなフィリピン人なので日本語は通じません。

2週間、ほとんど日本語を使わない生活をしていたのです。

ちなみに、フィリピン滞在中に東北での大地震が起きたため、
私は地震を経験しておりません。

それでは、さっそくお話ししていきましょう。

 私は今回、フィリピンのマニラのマラテという地域にある
KPACIO(Konkokyo Peace Activity Center Information Office)というNGOでお世話になっていました。

Konkokyoとつくだけあって、本当は日本にも同じNGOがあるらしく、
元は教会同士でフィリピンと提携して始まったものなのですが、
フィリピンの教会がつぶれたか何かで、日本との提携を数人のスタッフが引き受けた、
という団体で、スタッフは3人しかいません。

 代表者のハリエットさん(48歳女性)、ジャックさん(58歳男性)、ダフネさん(33歳女性)です。

フィリピンのスラム地域を対象に選んだコミュニティにまずは幼稚園を立て、
プリスクールで子どもたちへの識字教育や道徳教育を行う中で、
自然とそのコミュニティのお母さん方の意識も向上させて行き、
最終的には本来の目標である女性の地位向上・社会参加を助ける、という活動をしているNGOです。

 

で、私が日本で入っているFTCJ(Free the Children Japan)と10年くらい前から提携しており、
毎年フィリピンへのスタツアに行った際には数日間ここにお世話になっているわけで、
今年はFTCJはフィリピンへのスタツアは無いので(今年はモンゴルスタツアが行われました)、
私は相手先に直接連絡をとって一人で行ったわけです。

 いちおうフィリピンに行くのは3度目ですが、
一人で海外に行くこと、そもそも一人で飛行機に乗るのが初めてでした。

 

なのに、それがいきなり、事故率の高さや設備の悪さなどの噂が多い、
そのかわり1番安いとある航空会社で、しかも乗り継ぎをしなければならないという。

不思議なことに、フィリピンへ行く際、成田空港からマニラ空港へ直通便を使うと最低でも5万円くらいかかってしまうのですが、
中国や台湾など途中の国を経由して乗り継ぎをすれば、空港使用税も全部含んで往復で3万7000円で行けるのです。

経済的に苦しい大学生の立場では、背に腹は変えられません。

 安全性より安さ第1です。


 ちょっとした自慢としては、私はもちろんエコノミークラスに乗っていたわけですが、
乗り継ぎ時間が2時間しか無いところに飛行機の離陸が30分遅れ、1時間半しか時間が無かったのです。
そうすると、乗り継ぎの空港に近づいたころキャビンアテンダントの人が、
乗り継ぎをスムーズにご案内できるように、前のほうに来ていただいてもいいですか、と。

 

なんと、最後の20分くらい、生まれて初めてファーストクラスの座席に座れた私なのでした!

 

いやあ、思わずきょろきょろしてしまいますよね。

このわけの分からない座席の広さの落ち着かないこと、
となりに誰もいないような微妙な孤独感、とりあえずこの椅子にはたぶん私が二人座れる...。

しかもたった2.30分にも関わらずドリンク出てくるんですねえ。
それも、エコノミーって紙コップですけど、ファーストクラスだとお皿にティーカップがちゃんと載ってるんです。

格差社会をまず実感しました。